木曜日, 2月 14, 2013

また雪だ   NO.388

 
2月13日の朝起きたらこんなに雪が積もっておりました。
15センチ以上あります。

 
7時半ごろから雪かきをして一応、人と車は通れるようになりましたが、
今年はよく降りますね、確か5回目ぐらいだと記憶しておりますが、、、
でも、この時期の雪は柔らかく軽いので、降った直後の雪かきは
非常に楽です。1時間ぐらいよい運動となりました。

十日市    NO.387

 
昨年は問題があって、開催できなかった十日市が二年ぶりに
開催されました。
天候に恵まれ、二年ぶりということで、大勢の見物客が集まりました。

 
瓦会館の前では2メートルほどの巨大な鬼瓦の口に小さなカワラケを
投げ入れると、願が叶うというイベントを行っておりました。

 
毎年、この機会に臼などを買い求める客が多くおります。
会場を一巡して戻ってみると、売約済みの札が付いておりました。
 
イカ焼きの匂いなつかし十日市
十日市肩触れ合い渡る歩道橋
鬼瓦カワラケ投げに母と子と
 

日曜日, 2月 10, 2013

さよなら コぺン   NO.386

 
大好きなこのコペンを残念ながら売却することとしました。
5年乗って22300キロと低走行、しかも4年前に他社のフルエアロを
年甲斐もなくセットし、中央高速勝沼、上りの長い坂を130キロ近い
巡航速度で走りきるほどの、パワーがありこのオープントップにするのに
ボタンひとつ20秒で開閉できたりと、大変魅力的な車です。

 
この車は昨年に製造中止となり、その結果現在では玉不足となり、
中古車の相場が急上昇しております。
7年前の登録ですが、相場は130万円ぐらいです。
同じ年式の所有しているBMW530の相場はそれ以下で110万円ぐらい
だそうです。7年経過して新車価格の7割近い評価はびっくりですね!
 

水曜日, 2月 06, 2013

ルーツの旅   NO.385

 
昨年末より 友人に誘われ、俳句の会に入会しました。
そういえば、昔母より叔父に富田木歩という俳人がいたと聞いたことを
思い出しました。ネットで調べたら、大変ドラマテイックな短い一生(26歳)を
懸命に生きたご先祖でした。
明治30年4月14日、向島小梅町(現在の向島2丁目)に鰻や「大和田」の
二男として生まれたが1歳のときに高熱のため、両足がマヒし、
生涯歩くことができなかった。
小学校にも行けなかったが、独学で俳句の世界に学び、僅か9年間の
間に沢山の句を残したが、大正12年9月1日の関東大震災の際に
非業の死を遂げた。興味のある方はネットで検索下ください。
大正7年の句に「朝寒や児が歯固めの豆腐汁」の句があるが、
兄の金太郎(僕の祖父)の次女が生まれた際の句です。
その次女が僕の母親です。
というわけで、ご先祖のルーツを求めて向島まで行ってきました。
この碑は木歩が亡くなった墨堤に墨田区が建てた木歩の句碑です。
ちょうど墨田公園の入口の左側に乙女椿に囲まれております。

 
墨田公園からのスカイツリー

 
ここは墨田公園からすぐ隣、三囲神社(みめぐり)の裏庭にある木歩の
句碑です。
大正13年に親しい友人など60人の浄財で建てられたものです。
後ろにイチョウの大木に守られた形でひっそりと立っています。
周りには銀杏が足の踏み場もないほど碑を囲んでおりました。
 

 
夢に見れば死もなつかしや冬木風 
我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮
かそけくも咽喉鳴る妹よ鳳仙花
犬猫と同じ姿や冬座敷
 
など、実に暗い句が多いのですが、不具と病気と貧困の中で
一生懸命に生きた富田木歩には、ふだんの自分の生活を省みて
大変恥じる部分が多く感じて反省せざるを得ない状況です。
 
 
木歩の祖父が向島の花街の基礎を創ったと言われ、ついでに
向島墨堤組合(見番)に寄って当時のことを聞いてみましたが、
はっきりとした記録はありませんでした。

 
帰りに墨田公園で一休み、池には逆さスカイツリーの姿にカモが
戯れておりました。
もちろんスカイツリーには寄ってみましたが、行列していたので、
展望台には上がりませんでした。
 
今日は久しぶりの充実した一日となり、新たな気持ちがわきあがり、
俳句という別世界に挑戦したいと思います。
先輩のみなさんよろしくご指導をお願いします。

火曜日, 2月 05, 2013

お疲れさまでした  NO.384

 
長い間(12年)頑張ってくれた2トンユニックとのお別れです。
仕事の量と車検などの維持費との兼ね合いで、残念ながら手放すこととなりました。
このユニックは4段クレーン、8メートルのブームを持ち、実によく働いてくれました。
 
 
荷台は3.5メートルしかありませんが、ログを満載し、12メートルの棟木を
一番上に乗せ、3キロの距離を恐る恐る運んだ思い出もあり、愛着の沢山
詰まったトラックでした。
そういえば、7年前に小淵沢で国土交通省のパトロール隊に見つかって、
結構絞られたこともありました。今では懐かしく思われますが、、、、、、
 
 
 
お別れに、お酒とお米をふりかけ、これからの無事な活躍を祈りました。
買い取り業者に聞くところによると、即、海外に運ぶとのことです。
たぶんミャンマーかタイあたりではないかと、言っておりました。
東南アジアに旅行の際は、運転席のドアに (有) ログテック と
書いてあれば元僕の車です。見かけたらご一報ください。(無理かー)