昨年末より 友人に誘われ、俳句の会に入会しました。
そういえば、昔母より叔父に富田木歩という俳人がいたと聞いたことを
思い出しました。ネットで調べたら、大変ドラマテイックな短い一生(26歳)を
懸命に生きたご先祖でした。
明治30年4月14日、向島小梅町(現在の向島2丁目)に鰻や「大和田」の
二男として生まれたが1歳のときに高熱のため、両足がマヒし、
生涯歩くことができなかった。
小学校にも行けなかったが、独学で俳句の世界に学び、僅か9年間の
間に沢山の句を残したが、大正12年9月1日の関東大震災の際に
非業の死を遂げた。興味のある方はネットで検索下ください。
大正7年の句に「朝寒や児が歯固めの豆腐汁」の句があるが、
兄の金太郎(僕の祖父)の次女が生まれた際の句です。
その次女が僕の母親です。
というわけで、ご先祖のルーツを求めて向島まで行ってきました。
この碑は木歩が亡くなった墨堤に墨田区が建てた木歩の句碑です。
ちょうど墨田公園の入口の左側に乙女椿に囲まれております。
墨田公園からのスカイツリー
ここは墨田公園からすぐ隣、三囲神社(みめぐり)の裏庭にある木歩の
句碑です。
大正13年に親しい友人など60人の浄財で建てられたものです。
後ろにイチョウの大木に守られた形でひっそりと立っています。
周りには銀杏が足の踏み場もないほど碑を囲んでおりました。
夢に見れば死もなつかしや冬木風
我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮
かそけくも咽喉鳴る妹よ鳳仙花
犬猫と同じ姿や冬座敷
など、実に暗い句が多いのですが、不具と病気と貧困の中で
一生懸命に生きた富田木歩には、ふだんの自分の生活を省みて
大変恥じる部分が多く感じて反省せざるを得ない状況です。
木歩の祖父が向島の花街の基礎を創ったと言われ、ついでに
向島墨堤組合(見番)に寄って当時のことを聞いてみましたが、
はっきりとした記録はありませんでした。
帰りに墨田公園で一休み、池には逆さスカイツリーの姿にカモが
戯れておりました。
もちろんスカイツリーには寄ってみましたが、行列していたので、
展望台には上がりませんでした。
今日は久しぶりの充実した一日となり、新たな気持ちがわきあがり、
俳句という別世界に挑戦したいと思います。
先輩のみなさんよろしくご指導をお願いします。